ロイヤル・オペラの《マクベス》 (最終日)
2002年からROHの音楽監督を務めているアントニオ・パッパーノのオペラ指揮者としての実力をまざまざと認識させられた公演であった。イタリア人の両親を持ちイギリスで生まれたパッパーノほど《マクベス》の指揮者として相応しい人はほかにいないのではないだろうか。これほど繊細で緊張感を伴う美しいピアニッシモで奏でられた序曲に出合ったことはない。開幕早々に歌われる魔女たちのコーラスも同様であった。このピアニッシモは全曲を通じて各所に現れる。そして突如鳴り響く金管の咆哮。そのフォルティッシモとピアニッシモのバランスが絶妙なのだ。私にとっては、アバドの《マクベス》より、ムーティの《マクベス》より新鮮に聴こえた。楽団のコンサートマスター、ヴァスコ・ヴァシレフが「イタリア・オペラに関しては世界で3本の指に入ると思う」(NBSニュースVol.338、秋島百合子のインタビュー 2015)と語っているがまさにその通りである。《マクベス》はヴェルディの初期の、まだ粗削りな部分も垣間見られるオペラなのだが、この作品を「私のお気に入りの一つ」というパッパーノの手にかかるとその未熟さえカバーされてしまう。
マクベスを歌ったサイモン・キーンリーサイドは、この日ベスト・コンディションではなかったようだ。以前に聴いたジェルモンもポーザ候も素晴らしかったのに、この日は声に伸びがなく、時にオーケストラやコーラスにかき消されてしまっていた。演技にも精彩を欠いており、カーテンコールではほとんど笑顔が見られなかった。4年前のROHの公演で絶賛を浴びたマクベスを観たかったのだが…。4回の公演中21日だけのことだったのだろうか。
マクベスより強力なキャラクターであるマクベス夫人を歌ったリュドミラ・モナスティルスカは前評判どおりというよりそれ以上の出来であった。この役は、全曲中に4つのアリアがあり、下はロ音(五線の下のシの音)から上は3点変二音(五線の上に2本線を書き足した上の♭レの音)まで2オクターヴと3度の音域を歌いこなさなければならない。しかも2幕ではソプラノにとっては過酷な低音域が8小節も続き、4幕2場の最後のアリアでは最高音にfil di voce=糸のようにか細い声でという指示がある。その上どの曲にもアジリタの技術が鏤められている。モナスティルスカはこれらの要求をほぼ完璧に歌いきっていた。
2012年《アイーダ》でMETにデビューしたときよりもソット・ヴォーチェに磨きがかかっている。豊かで強靭な声、高い技術、的確な表現力を兼ね備えている彼女は、2015年3月にはザルツブルグの《カヴァレリア・ルスティカーナ》でメゾ・ソプラノの役であるサントゥッツァを歌いカウフマンと共演し、2016年には《アイーダ》でのウィーン国立歌劇場デビューも決まっている。これで世界の主要歌劇場を制覇することになるモナスティルスカの快進撃は、とどまるところを知らない。

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category - オペラ