演出家ピッツィの美学
ピエール・ルイジ・ピッツィの舞台は見た人の心に忘れがたい強烈な印象を残す。今回オペラ講座のために2008年スカラ座の《マリア・ストゥアルダ》を見ていて、この個性的な舞台セットはどこかで見たよう記憶があり、スカラ座のサリエリ作曲《見い出されたエウローパ》を思い出し、調べてみたら《マリア・ストゥアルダ》のセットの原型と思われるものが第2幕に登場する。これはおそらくピッツィのアイディアであろう。ピッツィはミラノ工科大学で建築を学び、1951年から舞台美術家として、1952年から演出家としてデビューしている。彼の舞台は鉄骨などによる線、または円を用いた幾何学的なものでありながら、時代を超越した普遍性を持ち違和感なくオペラに溶け込んでいる。また衣装のみならずセットも含めて使われている色は厳選され、シンプルでなおかつ洗練された美意識の持ち主であると感じさせる。
現在手元にある以下の映像はいずれもピッツィ演出、または衣装とある。この中から印象的な作品を3つ選んで舞台を観比べてみた。
オイリアンテ …………………カリアリ 2002年
見い出されたエウローパ …スカラ 2002年
タンクレディ …………………フィレンツェ テアトロ・コムナーレ 2003年
真珠採り ………………………フェニーチェ 2005年
マホメット2世 ………………フェニーチェ 2008年
マリア・ストゥアルダ ………スカラ 2008年
仮面舞踏会 …………………アレーナ・ディ・ヴェローナ 2014年
《見い出されたエウローパ》
この舞台は2002年のスカラ・オープニング公演で、ムーティの指揮、出演者もダムラウ、ランカトーレ、バルチェッローナ、キューマイヤー、サバッティーニと豪華な顔ぶれである。ダムラウとランカトーレ二人のコロラトゥーラの競演はスリリングである。演出ロンコーニ、衣装ピッツィとあるがおそらくピッツィはセットも担当していたのではないだろうか。というのは2008年の斬新な《マリア・ストゥアルダ》の舞台の萌芽がこの舞台でみられるのだ。
開幕早々、コーラスはせり上がった舞台の下の空間に押し込められている。そしてほとんど何もない舞台に、曲線的な船が打ち上げられる。次の場面では、切り取られた10段ほどの階段がいくつも出てきて、これらは左右に自在に移動する。捕えられた側の人々の衣装はブルーグレイを中心に、支配者側の人々はアクセントとして赤を配しているが、非常にシンプルな色使いである。そして、グランド・オペラらしく華やかなダンスシーンが続く。この場の衣装は白を基調に金を配した高雅なものだ。
2幕のカーテンが上がるとそこに現れるのは、鉄骨を縦、横、斜めに組み合わせた巨大なセットである。これがまさに《マリア・ストゥアルダ》の舞台に発展的に再構築されたものの原型なのだろう。
《マリア・ストゥアルダ》
この舞台では前述のセットが、中央に階段を配したシンメトリックな形で開幕早々から出てくる。序曲の部分で、舞台中央の階段の上で真っ赤な衣装のマリアがタルボから聖体拝領の儀式を受ける。この衣装は、処刑の際にマリアは紅い衣装であったという史実に基づいたもので、最後の3幕3場処刑の場面までマリアはずっとダークグレイの衣装で登場することから、3幕2場までは処刑を控えたマリアの回想という設定なのだろうか。
この舞台での色使いも非常にシンプルである。エリザベッタおよびその周囲の人々に白、赤、金などが控え目に使われているが、ほとんどが黒とグレイを中心にした無彩色な衣装の中に白のカラー(襟)が印象的に映る。
《仮面舞踏会》
野外劇場で行われたこの公演には、80歳をとうに超えたピッツィの集大成をみる感がある。広い舞台に3つの円筒状のセットがこれもシンメトリックに置かれている。左側の円筒はリッカルドの執務室で螺旋状の階段が設けられ、屋上も舞台空間として使われる。建築を学んだ彼の立体感覚は至るところで発揮されている。右側の円筒はレナートの居室。白を基調したこの舞台は、南欧の空に美しく映える。

衣装は今までもそうであったように、白、黒、赤、金に統一されている。例外的に1幕1場で歌わないが屋上に姿を現すアメーリアに暗いブルーが使われている。
白い円柱で囲まれた中央の大きな円筒は左右に開閉し、1幕2場ではウルリカの洞窟、2幕では墓場の処刑場、3幕2場では舞踏会の広間になる。
舞踏会に登場するダンサーの衣装は《見い出されたエウローパ》を思い出させる白と金の繊細で華麗なものである。驚くことに色彩の統一はかつらにまで行き届いている。ウルリカとオスカルを除いて全員シルバー系のかつらを着用している。
ピッツィの美意識は、すべてが計算されたとてつもなく美しく感動的な舞台を作り上げていた。広い野外劇場の空間を存分に使い切り、出演者の熱演も相俟って、非常に若々しい活気に満ちたステージであった。

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category - オペラ